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2013年3月2日土曜日

昔はこんなに泣かなかったのに~カリフォルニア・ドールズ

待望のカリフォリニア・ドールズを観ることができた。
札幌では上映しないかと思っていたのだが、なんとやってるじゃないか。
その日札幌を襲った猛吹雪の中、僕は蠍座へと向かったのである。

僕の映画メモによると、カリフォリニア・ドールズ(昔は確かドールスだったはずなのだが....)を観たのは1983年である。
多分封切りではなくリバイバルで観ているはずだ。
その頃の僕はSF映画が好きだったから、この映画はあまり期待しないで観たのだと思う。
でも、カリフォリニア・ドールズはとても面白かったし、観終わった後でなんだか清々しい気分になったのを覚えている。



今回実に30年ぶりに劇場で観られるなんて...僕の心は躍っていた。
僕の記憶に強く残っているシーンがある。
最後の試合が始まる前に、ピーター・フォーク扮するハリーは二人にこう耳打ちするのだ。
「負けても愛してる、でも勝ってくれ」
確かこんな意味合いのセリフだったと記憶していた。



劇場はリアルタイムでドールズを観たであろう中年の方々、そして傑作と名高いこの映画を一目観ようとする若い世代のお客さんも入っていた。
前に観た時は僕も18歳だったんだよなぁ...なんて思っているうちに映画が始まる。

「ああ、確かにこんな感じだった....こんな映画だったよなぁ」とすっかり懐かしくなる。

とにかくピーター・フォークの「シケたマネージャー」っぷりがすごくいい。
シケてるんだけど頭に血がのぼりやすいところも最高である。
ギャラを出し渋るプロモーターに頭にきて、そいつのメルセデスの窓ガラスをバットで粉々にするとか。
ドールズピンチとみるやサングラスに白杖を持って盲人のふりをして乱入するととか。(ここ笑っちゃいかんのだがリングの客席ともども大爆笑である)



このプロモーターはバート・ヤングなのだが、この人のケチくさいプロモーターもすごくいいのである。
なんというか、敵役なんだけど最後まで憎めない。

アメリカでの公開は1981年。
とはいえ80年代特有の享楽的でなんだかピカピカした雰囲気ではなく、まだ70年代の映像の肌触りを残している印象がある。ピーター・フォークが車に乗り、その横を二人がジョギングしている場面は、なんだかため息が出てしまった。

とても美しいのである。

3人ともやりきれないんだよね。
やりきれない思いを抱えながら、なんとかチャンスを求めてドサまわりしてるんだ。
時に眠れなくなるほど不安になったり、感情に歯止めがきかなくなってしまったり。
なんだかんだ言ってもお互いがお互いを必要としているし、必要とせざるを得ないのがすごく切ない。

金はないわ、試合のブッキングもなかなかうまくいかないわ、泥レスには出されるわ、ドールズも散々な目に合う。でもなんだかんだ言ってハリーのコネはあちこちにあるようで、なんとか大きな試合に出られるようになるわけだ。

僕は月刊プレイボーイを密かに立ち読みするような中学生だったので、いわゆるプレイメイト的な女性に憧れを持っていた時期があった。
多分十代の真ん中から後半ぐらいだろうか。



カリフォルニア・ドールズの2人はそんな18歳の僕にとって、すごく性的な意味でアピールするものはあったはず。でも途中からそういった部分はどうでも良くなって、ただただ彼女達になんとか頑張ってほしい、がんばれ!がんばれ!って応援していたのだ。

観終わって感じるのが、結局みんなイイやつじゃない?という感じ。
宿敵トレドの虎の二人も、そのマネージャーも。
ドールズが派手に登場するもんだから、すっかりおかんむりのビッグ・ママも。
バート・ヤングのボディガードも。

とくにビッグ・ママ、彼女の試合も観てみたいじゃないか。
「本物のビール持っといで!」っていうあたり、あの怒りっぷりも最高だ。
そして、トレドの虎のマネージャ、この人すごくかっこいい。
まさにアメリカの「Good Loser(よき敗者)」を体現している感じ。

さて、僕が覚えていた(つもりの)セリフはこうだった。
「負けたっていい、でもそうしたら今までの苦労が水の泡だ」
....なんだ、だいぶ記憶と違ってるじゃないか。
時間の経過と共に、自分のいいように解釈が変わってしまったようである。

でも、そんなことはどうでもいいのだ。
とにかく映画が終わるころにはエキサイトしながら涙ぐんでいる自分がいた。
多分18歳の時も泣いてたはずだ、でも今回はもっと泣いてたんじゃないかな。

ありがとう、ドールズ。

2012年9月23日日曜日

あの夏のエイリアン~そしてプロメテウス#2

2012年の夏。

僕は2本のSF映画に熱い視線を送っていた。
「遊星からの物体X ファーストコンタク」そして「プロメテウス」。
どちらも僕にとっては思い入れのあるSF映画、その前日譚となる作品である。
初めに観たのは物体Xファーストコンタクトの方だ。
札幌では単館上映、しかも上映期間が短いので、先に観ておこうと思ったのである。

物体Xはちょっと驚くほどの素晴らしい出来映えだった。

この映画のコンセプトは明確だ。
82年版物体X、あの話の前に何があったのかを丁寧に描くことだ。
映像の肌触りや、音楽、クリーチャーの造形、したたってくる液体の感じ。
お見事としか言いようがない、まさにこれだという感じ。
「どう?これが観たかったでしょ?」という声が聞こえてきそうなのだ。
では、エイリアンの「ファーストコンタクト」はどうか?
僕は感慨深い気持ちで映画館に向かった。

初めてエイリアンを観て衝撃を受けてからゆうに30年以上が経過している。



その間に色々な映画監督が続編を作ったが、エイリアンの持つ神秘性が薄れてゆくようで、僕は続編に対しては素直な気持ちで観ることができなかったりする。
1作目ではまだ若く元気だったリプリーが、その後の過酷な生活で疲れ果ててゆく様子も切なかった。
でも続編がつまらないと言っているわけではない、1作目があまりに好き過ぎるのだ。

中学生だった僕は、エイリアンを観た後で一生懸命考えた。

 ・あの惑星にあった巨大な船はなんだったのか?
 ・台座のような物に乗った異星人は誰なのか?
 (当時はスペースジョッキーなんて言葉は知らない)
 ・どうしてエイリアンの存在を知っている人間がいたのか?

僕は映画が始まるのを待ちながら、ぼんやりと考えていた。
「プロメテウスを観ることで全ての謎が解けるのかな?」


そして映画が始まった。
全てがエイリアンの1作目につながり、随所に1作目を思わせる演出が入って欲しい。
そんなわがままな気持ちになっている。

LV-223に着いてからの乗員たちの動き、アンドロイドの動き。
無意識のうちにエイリアンと比較して、どこが違っているのか、どこが考慮された点なのか、チェックしている自分がいる。
当然のことながらこの惑星に入って無事で済むわけがなく、一人また一人と犠牲者が出始める。
エイリアンの続編でも相当にエグい描写があったが、ノオミ・ラパスの痛めつけられようは半端ではない。

でも映画が進むにつれて僕はこんな気持ちになった。
「これはエイリアンの0作目ではなく、プロメテウスの1作目なんだ」
物体Xファーストコンタクトの時に感じた「待ってました!」という感じはない。
エイリアンの前日譚というよりは、単に同じ世界を共有している別な作品のようにも思える。
映画の世界に入り込んでいながらも、ちょっとだけ頭の片隅でこんなことを考えていた。

プロメテウスは映画としては相当面白かったと思う。
しかしこれはエイリアンンの0作目ではなく、やっぱりプロメテウスだった。
そこが面白くもあり、残念なところでもあったと思うのだ。

別な監督が撮影していたら、もっと「あざとく」エイリアンにつながっていたかもしれない。
個人的には人類の起源を全面に押し出したプロモーションは違和感があった。

「再び、宇宙では、あなたの悲鳴は誰にも聞こえない」

で良かったのでは?


2012年9月9日日曜日

世界でたった一人になった僕はガープの世界を観つづける

ガープの世界を観にった僕は不思議な体験をした。
僕以外の観客がいないという、貸切の状態で映画を観たのである。

映画館に入ったら観客は僕一人だった。
映画が始まるまでに誰か入って来るかと思ったら、誰も来ないまま映画が始まってしまった。
後にも先にも貸切状態で映画を観たのはこの映画だけだ。
ガープの世界って、札幌ではあんまり人気がなかったのだろうか?

映画はもちろん面白かったのだが、途中から一人で映画を観ていること自体が妙に気になり始めた。
そしてこんな想像が頭から離れなくなってしまったのだ。

僕はこの世界でたった一人生き残った人間である。

原因不明の病気、異星人のばらまいたウィルス、彗星の光の影響。
理由はわからないが、とにかく
僕以外の人間は誰もいない。
たった一人、この街に取り残されてしまっているのだ。

そして僕はなぜか映画館でガープの世界を観ているのだ。
毎日毎日、決められたように映画館に行き、飽きもせずガープの世界を観つづけている。
人間という主人を失った街は、最後の生き残りになった僕の行動を、息ひそめて見守っている。
でも僕は何をするでもなく、ずっとガープの世界を観つづけるのだ。

映画が終わって、僕の想像も唐突に終わってしまった。
当たり前であるが、映画館を出たら外には行き交う人々がいて、やっぱり僕は一人じゃなかったんだと、ほっとしたようながっかりしたような気分になったのを憶えている。
ディック、筒井康隆、漱石の夢十夜なんかが好きだったので、こんな想像をしたのかもしれない。

さて、映画はとても素晴らしかった。
生きてゆくことの大変さと素晴らしさや、抗うことのできない運命もあるが生きて行かなきゃ、といったメッセージを感じた。
その頃の生活はシンプルで気楽なものだったから、この映画のメッセージがじんわり効いてくるのは、もっともっと後になってからの話なのだが。

ふとした時、空っぽの映画館とともに、あの映画を懐かしく想い出すことがある。
ガープの世界は、僕にとって何か特別な映画のような気がする。

2012年9月6日木曜日

間違いなく僕はデルタハウス

人を外見や属性で判断してはいけないし、先入観でとらえるのもいけない。
ただ、たまにふと思うことはある。

「こいつ、デルタかオメガか?」

ちなみに、僕は間違いなくデルタハウスの住人である。
確かに今は落ち着いてはいるものの、若い頃は絶対に「デルタ」だった自信がある。


仕事でいろんな人をみてきた。
仲良くなれそうな人は、大抵はデルタハウスのにおいがするのだ。
この人オメガだ、と思ったらもう仲良くできない。

アニマルハウスは大好きな映画というよりは、とても大切な映画といった方が良いかもしれない。
ジョン・ベルーシの映画で一番好きだ。
まだ健康そうで、生き生きとしているベルーシがそこにいる。
泣きたくなるような青春、弾けるような青春、馬鹿みたいに笑っちゃう青春がそこにある。

僕がこの時代のアメリカにいて、この学校にいたら間違いなくこの写真の中にいたに違いない。
そう思わせるものがある。

あの夏のエイリアン~そしてプロメテウス #1

1978年の夏。

もしかしたら僕の家族が全員そろって暮らしていた、最後の夏かもしれない。
夏休み、僕と兄貴は映画を観に行こうとしていた。

兄貴はその夏最大の話題になっていったエイリアンを。
僕はラルフ・バクシの指輪物語を。
SF映画好きだったので、エイリアンも観に行きたかったのだが、お互い違う映画を観てから情報交換しようと考えたのかもしれない。

指輪物語はとても面白かった。
原作は読んでいなかったのだが、なにやら壮大なお話であり、ロトスコーピングという革新的な技術が使われているとか、僕の中では期待感があったのだが、それを裏切らない面白さだった。

そして同時上映はチキ・チキ・バン・バン。
こちらも面白かったのだが、ここではちょっとおいておく。

僕が家に帰ってきてから少したって、興奮した兄貴が帰って来た。

   「エイリアン......あれはすごい映画だぞ」

僕もいずれは観に行くことを思いやって、兄貴はネタバレになりそうな事は言わなかった。
しかし「宇宙ではあなたの悲鳴は誰にも聞こえないって宣伝文句は本当だ。あの映画は本当に凄い。歴史に残る映画だ」と絶賛していたのを憶えている。

そして数日後に僕もエイリアンを観に行き、確かに宇宙ではあなたの悲鳴は誰にも聞こえないってのは本当だと、これはSF映画の歴史に残る作品だと、そう思って帰って来た。

あの夏の日はとても暑かったのを憶えている。
でも映画館の中はとてもひんやりとしていた。
単に冷房がよく効いていたという事だけではなく、全ての場面が宇宙船や異星で展開するエイリアンの世界に引き込まれていたのだと思う。

エイリアンを観終わって映画館の外にでる。
すっかり冷え切った頭と体に、むせるような熱気がまとわりつく。

さっきまであんなに凄い事が宇宙でおきていたのに。
さっきまで僕らはリプリーと一緒に戦っていたのに。
でも、映画館の外はいつもの日常だ。
このギャップがとても印象に残っている。
あれ以来、僕にとってはSF映画は夏の季語である。

あれから30年以上が過ぎて、僕はやはり夏にプロメテウスを観ることになった。
あの夏のエイリアンの記憶を心にいだきながら。

プロメテウスはエイリアンのような衝撃はなかったが、僕にとっては感慨深い作品となった。